要領の良い人は、

すでにある物を自分の所へもってきて

ちょっとぐらいルールから外れても

適当に書き換えてまるで自分が作ったかのように成果を出す。


要領の悪い人は、

ゼロから自分で考えて、教科書やルールからは絶対はみ出さず

努力に努力を重ねて、結果、すでに誰かが作ったような物の劣化版を持ってくる。

どうしても自分の考えにこだわり。

基本的にパクリは悪だと思ってる。


要領の良い人はたいていコピー元が豊富なので

(同じ業界からはもってこないで、趣味や遊びから持ってくるとか)

特に法に触れるとか、悪いことをするわけでもなく

素人にはばれにくい、すばらしいパクリをしてくる。

天才になれる秘密 [http://bit.ly/aXgjFs]

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2010-09-29

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家族というのは基本的に「会食する集団」でしょう。デートというのも基本的に「いっしょにごはんを食べに行くこと」ですよね。どうしていっしょにごはんを食べるのかって言えば、ごはんを食べているときに、美味しいかどうかで、その人といて楽しいか楽しくないかが分かるからですよ。家族でごはんを食べるのは仲がいいから食べるんじゃない。その逆です。「いつごはんがまずくなるか」をチェックするために、いっしょにごはんを食べる。ぼくはそう思っているんです。

ごはんを食べていてまずくなったら、それは家族の危険信号なんです。だいたいテレビドラマでも、家族の間に亀裂が入ると言うときは、ちゃぶ台をひっくりかえすか、作ってくれたものを残して「もう、いらない」と席を立つ場面ですからね。

セックスするまでもなく、男と女はいっしょにごはんを食べるだけで、いっしょに居られる人かどうかはわかるんです。うまくゆかない相手とだと、ごはんの味がしないから。「味がしない」というのは、「この人といっしょにいても、あなたの心身のパフォーマンスは上がらないです」って身体がシグナルを送ってきているわけですから。いくら頭が「いっしょにいるほうがいい」というメッセージを送っても、消化器の方が「いやだ」って言っている。だから、食事の時にたわないことをしゃべっていても、やたら食が進んで、「おかわり」と言える時は、身体が「この人とは相性がいいよ」って教えてくれているんです。(P.57)

『身体知 ~身体が教えてくれること~』 内田樹 × 三砂ちづる

いっしょにいると

しあわせなひと

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これちょう同感

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スケジューラに【会食】と表記するようになったのは40歳を過ぎてから…

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技術の進歩によって駆逐されるものたち。次にそうなるのはカーナビかもしれない。

欲しい…

「金持ちの男と結婚したい」という女性に対する大手会社社長のコメント。じつに的確。